大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和43年(う)313号 判決 1969年2月06日

被告人 外山勝美

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮一年に処する。

当審及び原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人広野伸雄名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一、控訴趣意中法令適用の誤りの主張について

原判決書の「法令の適用」欄に判示第四の所為に適用した法令として、「刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条、第五四条第一項前段、第一〇条」がかかげられていることは所論のとおりである。しかしながら、右法条に続いて、「大西に対する業務上過失傷害罪の刑により処断)」という字句が記載されていることに徴し、なお、原判決書の「法令の適用」欄を判示各事実と対照して考察すると、原判決は判示第四の所為について刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条、刑法第五四条第一項前段、第一〇条を適用したが、適用法令を掲記するにあたり、「罰金等臨時措置法第三条」のつぎに「刑法」という字句を挿入するのを不用意に脱漏したものと解するのが相当であつて、実定法上存しない規定を適用したという非難はあたらない。論旨は理由がない。

二、控訴趣意中量刑不当の主張について

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して、被告人に対する原判決の量刑の当否を検討すると、被告人の本件各犯行は、普通貨物自動車(以下「本件自動車」という。)の二回にわたる無免許運転及び酒酔い運転ならびに一回の速度違反運転のほか、うち一回の酒酔い運転の機会になされた運転中止義務違反を過失の内容とし(この点に関する原判決の認定に誤りはない)、駐車(原判決に「停車」とあるのが誤りであることは後記認定のとおりである。)中の他の普通貨物自動車(以下「被害車両」という。)に対する追突に伴い、三名の者に傷害を負わせた業務上過失傷害を含む事案であつて、二回にわたる各無免許運転及び酒酔い運転はひと月足らずの間に敢行されており、しかも第二回目の犯行は、第一回目の犯行につき現行犯人として逮捕されたのちに再び敢行されたこと、右各酒酔い運転における酒気帯びの程度は呼気一リツトル中一・〇〇ミリグラム(判示第二、一)及び同〇・五ミリグラム(判示第二、二)でかならずしも少ないものとはいえないこと、速度超過の程度は道路標識により定められた毎時四〇キロメートルの最高速度を毎時三三キロメートルも越えるものであること、業務上過失傷害による負傷者のなかには加療期間が一ヶ月(判示戸沢勝美)ないし三ヶ月(判示大西十蔵)にも及ぶ者がいること、被告人は本件各犯行に先立つて本件自動車を購入したのに一回も自動車運転免許試験を受けようともしないことをも考え合わせると被告人の本件各犯行による刑事責任はかなり重く、かつ、きびしく追及されるべきものというほかはない。しかしながら、原判決が「(情状および刑の量定事情)」として説示しているように、判示業務上過失傷害罪について懲役刑を選択すべき事案であるかどうか、つまりは、現行刑法における刑罰体系において過失犯につき法定刑として懲役が規定されているのは業務上過失致死傷罪及び重過失致死傷罪をおいて他に存しないことにかんがみ、判示業務上過失傷害罪における違法性及び責任性に傷害罪等の故意犯と同視することができるだけのものがあるかどうかを検討すると、被告人は肩書自宅で午後一〇時半ごろまで大西十蔵とともに清酒約八合(被告人の飲酒量はその約半分である。)を飲酒したのち、飲み足りないとして被告人の誘いにより、本件自動車に同人を同乗させて飲食店等二軒に赴き、午後一一時ごろから同人とともに合計四本のビールを飲用したうえ、酒の酔いをさますため車中で二、三〇分ぐらい休憩したのち、同人を本件自動車の助手席に同乗させて帰途につき、判示四五号国道上を進行して判示地点付近にさしかかつた際、乗車前に飲んだ酒の酔いがまわつて睡気を催し、前方注視が困難な状態になつたのに、休憩して睡気をさます等して前方注視が十分できるようになるまで運転を中止することなく、そのまま毎時約五〇キロメートルの速度で運転を継続した過失により、前方道路左側に駐車(原判決に「停車」とあるのは、原判決がかかげている戸沢勝美、秋元健次郎及び剣吉兼美の司法警察員に対する各供述調書に徴すると、「駐車」の誤りであると認められる。)していた被害車両を約二〇メートル前方に接近してはじめて発見したため、避けるまもなく本件自動車左前部を被害車両右後部に追突させ、その衝撃により本件自動車に同乗中の大西十蔵に加療三ヶ月を要する頭蓋内出血、胸部挫傷、左大腿骨々折を、被害車両に乗車中の秋元健次郎に加療三週間を要する前胸壁挫傷を、同じく戸沢勝美に加療一ヶ月を要する鞭打ち症を負わせたものであるが、右三名のうちもつとも重い傷害を受けた大西十蔵は被告人とともに飲酒しかつ被告人が運転免許を有しないことを知りながら本件自動車に同乗していたもので、同人の受傷の程度が大きいことを直ちに被告人の刑責を重からしめる要素として重視することは当を得ないところである。また、本件追突地点付近は幅員六・五メートルのコンクリート舗装された直線で平坦な見とおし容易な道路で当時乾燥状態にあつたが、非市街地で外灯設備もないうえに当時夜半で天候も曇天であつたため真暗闇の状況にあり、交通量は人車ともに少なく(なお、速度規制はなされていない。)、駐車中の被害車両の尾灯も点灯されていなかつたことが認められるのであつて(なお、被告人が本件自動車の前照灯を下向きにして運転した事情は、これを上向きにすると光線が路面から離れがちとなるため、当夜霧がかかつていたこともあつて、下向きにしていたことが認められる。)、被告人の過失の態様が悪質でその程度も大きいとはいえるものの、被告人の刑責だけをきびしく追及すべきものとまではいい難いといわなければならない。

かたがた、被告人は各被害者に対し治療費を支払つたほか若干の見舞金(なお、秋元健次郎については、他に休業補償費を加える。)を提供し、破損した被害車両の所有者に対し代償として新車を購入して与え、もつて誠意ある損害填補の措置を講じてそれぞれ示談が成立していることも被告人のため有利に斟酌すべき事情として副次的に考慮されてよいことである(なお、大西十蔵につぐ重傷を負つた戸沢勝美は五日間ぐらい通院したのち、頭痛等の後遺症を残すには至つていない。)。

さらに、被告人が本件自動車を被害車両に追突させるについて、被告人が運転免許を有しなかつたことが影響したものとするに足りるだけの事情を窺うこともできないのであることに徴すると、被告人がブルドーザーによる開田作業という当時の家業の忙しさに追われて、自動車運転免許試験を受けようとしなかつたことをもつて、判示業務上過失傷害罪につき懲役刑を選択しなければならないほどの情状であるとは断じ難いところである。

これを要するに、判示業務上過失傷害罪について傷害罪等の故意犯と同視することができるだけの違法性及び責任性があるとは断定し難く、また、他の判示犯罪中に懲役刑を法定刑とするものがあつて、その罪につき懲役刑を選択すべき情状があるとしても、併合加重するにあたり判示業務上過失傷害罪をもつとも重いものとする以上、右情状だけをもつて判示業務上過失傷害罪について懲役刑を選択すべきものとすることはできない。してみると、被告人を懲役一年に処した原判決の量刑は重すぎるものというべく、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

三、そこで、刑事訴訟法第三九七条、第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に則り、さらにつぎのように自判する。

原判決が確定した被告人の犯罪事実(ただし、判示第四に「停車」とあるのを「駐車」と訂正する。)に法令を適用すると、被告人の判示各所為中第一の点はいずれも道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号、罰金等臨時措置法第二条に、第二の点はいずれも道路交通法第六五条、第一一七条の二第一号、同法施行令第二六条の二、罰金等臨時措置法第二条に、第三の点は道路交通法第六八条、第二二条第二項、昭和三七年青森県公安委員会告示第三五号、道路交通法第一一八条第一項第三号、罰金等臨時措置法第二条に、第四の点はいずれも刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条、第二条にそれぞれ該当するところ、各業務上過失傷害の所為相互間及び右所為と判示第二、二の酒酔い運転の所為との間には一個の行為で数個の罪名に触れる関係があるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条によりもつとも重い戸沢勝美に対する業務上過失傷害罪の刑に従うべく、各所定刑中業務上過失傷害罪については禁錮刑を、その余の各罪については懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条によりもつとも重い業務上過失傷害罪の刑に法定の加重をし、その刑期範囲内において前説示の情状のほか被告人の年令、経歴及び前科歴ならびに家庭の状況等にかんがみ、被告人を禁錮一年に処し、当審及び原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 有路不二男 西村法 桜井敏雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例